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 遠藤からLINEがきた。

 「横の人リュック」

どれ?あー、

 「🤣」

あれね。

 私と遠藤の間くらいのとこにいるサラリーマン、抱えてるリュックの黒い持ち手が唇を半円に囲んで、ちょうど黒ひげ危機一髪の、ひげのおじさんみたいに見えるのだ。

  ばーっと乗り降りが始まる。遠藤はこっちに首をぐいとやって笑って、すぐ直った。顔、絵文字と同じ角度だった。あんたにとっては知ったこっちゃないかもだけど、部活帰りの中央線下り方面は、いっつも乗車率が100万%ぐらいある。私たちの体はあらかた固定されきっていて、自由に動かせるのは目ん玉くらいのものだ。それでもきょうはちょっとだけ余裕があって、顔をお互いのほうに向けるのと、スマホいじるくらいなら、かなりキツいけど、一瞬できる。西荻でみんなと別れて、遠藤と二人で帰ってるけど、上り組はいいよねってほんと毎日愚痴ってる。子ども産んだら、たぶん産まないけど、絶対上り方面に住む。こんな纏足とかそういうレベルの圧、ふつうに人権侵害でしょ。子どもの権利条約に書いて欲しい。そしたら中央線は条約違反になるから廃止、私は登校できなくなって困る、したがって家から高校まで直通路線開通して欲しい。でも遠藤んちは経由駅にしてもいいかも。

 到着のアナウンスが流れると、まだ視界にいたひげのおじさんはリュックを抱え直し、戦闘態勢に入った。また人が降りて、倍になって乗ってくる。もっと離ればなれになる。中央線の不文律その一、ドアの近くにいる人は、駅に着いたらホームへ速やかに移動すること。その二、降りる人は、降りますと声をあげて道を作ること。その三、乗る人は、ためらわず奥へどんどん進むこと。この三つを守らない人と、荷物がでかい人は嫌な顔をされる。エナメル大きくってごめんなさい。私だってこんなの持ちたくない。後輩の手作りの、みんなお揃いのユニフォームの形したフェルトのストラップ、つけてたのにとある帰り道、最寄り着いたらなくなってた。コートネームまでちゃんと縫いつけてくれてたのに。スーツの背中に顔面から倒れかかる。肩が軽くなって、エナメル、人に挟まれて浮かんでるのがわかる。

 遠藤が見えないまま国分寺に着いた。すみません。降りまあす。人の波。彼女はもう三駅乗らなきゃならない。窓を探したけどスーツばっかり。いちおう手振って、階段のぼって、トイレ待ちの列に並ぶ。待った末あいたドアに和式マークあると萎える。スカートまくろうとしたら手になんかついてべたべたしてあのバカみたいにつまんない匂いがする。二人っきりで帰っちゃだめ? トイレットペーパーでふいた。

「無事?降りられた?笑」

「うん笑」

「あとちょっとがんば」