勝手な理由で墓を荒らすな

  その昔、早稲田大学には「ジム・モリソン統一教会」なるサークルが存在したという。墓前で合同入会式でも挙げていそうな勢い。ジム・モリソンが葬られているペール=ラシェーズは100年以上前からパリの代表的な墓地で、『失われた時を求めて』にもその名を認めることができるし、長大な回想録の著者であるプルースト自身も両親とともにその地に葬られている。ジム・モリソンとプルーストのこうした共通点はWikipediaのペール=ラシェーズの項を見れば一発でわかる。

 まずジム・モリソンについて。最近読んだトム・ジョーンズ『拳闘士の休息』に登場したのをきっかけに、私はほぼ5年ぶりにドアーズとの再会を果たした。また何がきっかけだったか忘れたが、バンドやボーカルについて、これまでで一番熱心に検索するようになっていた。

 それから、プルーストについて。せっかく長い時間が手に入った(この2週間は、いまのところ貴重な無職期間である)こと、今月はじめに『失われた時を求めて』吉川訳(岩波のやつである)が完結したことから、私はちまちま読み進めていたそれを一気に終わらせてやろうと意気込んでいた。そんな折、「ゲルマントⅢ」にペール=ラシェーズの名が唐突に現れたのである。一気に軸が交差する。生まれた小さな驚きは徐々に歪んでいき、ジム・モリソンとプルーストをどうにかして重ね合わせる衝動へと姿を変え、結局うまくいかなかった。

 この衝動は、あまりに思慮と敬意を欠くものだった。私は自分こそがこの事実を発見したのだという思い上がりを無遠慮に当てはめ物語ることで、おろかな満足を得ようとしたのである。